OKAYAMA KYOKUTO HOSPITAL
  • 小
  • 中
  • 大

院長のひとりごと

岡山旭東病院のホームページに訪問くださりありがとうございます。

院長のひとりごとは、毎週月曜日に発信いたします。

切り絵の楽しみ

2018年4月16日発刊 | NO.535

 私は約8年前、メイコー(株)社長である横谷敦子さんの手ほどきで「切り絵」を始めた。その後、毎春展覧会に参加させていただいているが、横谷さんのアドバイスと手直しでやっと作品になるという熱心さに欠ける創作活動である。 昨年、坂部信子先生(日本の切り絵の指導者)の研修に参加し、「毎日スケッチをすることが大切」と聞き、身近な野菜や果物、花、消しゴム、自分の手や指などなんでもスケッチしてきた。

先日、『岡山切り絵の会』の主催で開かれた坂部信子先生の研修会に、熱心な会員と一緒に今年も参加させていただいた。先生から「日本の切り絵」と「世界の切り絵」についてのお話があった。アジアの切り絵では中国各地に特色ある箭紙(せんし)があり古い歴史があること。韓国のソウルにも紙屋さんがあって、切り絵があること。タイにも影絵に使用する人形があり、切り絵の一種だと紹介された。ヨーロッパにも切り絵があり、ポーランドのカットペーパーはピチナンカと呼ばれている。童話作家で有名なアンデルセンも、切り紙の名手として沢山の作品を残している。メキシコの切り絵、ソビエトの切り絵と各民族特有の切り絵があることを知った。

日本の切り絵は、神事として古くから伝わっている。江戸時代から伊勢型紙の職人が染色の型紙を切ったものが今に残っているなど、切り絵は人類の歴史から見ると奥深い物だと感心した。現代風の日本の切り絵は50年の歴史であるが、紙の芸術として、山下清氏の貼り絵、高村智恵子氏の紙絵、吉原澄悦氏の切り絵などが有名である。外国では色を追い求める晩年のアンリ・マティスが紹介された。 日本の切り絵は中国からの影響を強く受けて発展してきた歴史があるが、風景や日常の生活の営みを題材にして、より芸術的な作品が作られているように感じる。

坂部信子先生は、毎日スケッチ、旅先では45分あれば風景や人物など切り絵の題材を常にスケッチされるとのこと。何事も手を抜かず追及していくことが「楽しみ」となっていくのではないかと思った。坂部信子先生の指導で、横谷敦子さんや会員の皆様によって岡山きり絵の会が継続され、会報も第27号が発行されているのは心強い。 第31回岡山きりえ展が2018年5月15日(火)~20日(日)まで岡山県天神文化プラザで開催される。

参考:坂田信子氏のホームページ自己紹介記事より
 私は、1975年より「きりえ」の創作を始めました。日々の暮らしの中から「生きる喜び」をテーマに作品づくりをしています。1996年より、アジアの国々、中国、インド、タイ、チベット、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナム、韓国、カンボジア、インドネシアを訪れました。それぞれの国、地域における、人々の生活、自然に興味を抱き、生きる力強さ、その優しい瞳に魅力を感じ、自然と共に心豊かに暮らす人々を「きりえ」で表現してきました。最近は「アジアシリーズ」の観点から日本各地の風景・神社仏閣・人物をきりえで表現しています。 日本きりえ協会常任委員・東海きりえ美術会代表・名古屋栄中日文化センター講師・岡崎中日文化センター講師・熱田の森文化センター講師
坂田信子ホームページ「きりえの世界」

歩くということ

2018年4月9日発刊 | NO.534

 何故人間は歩くようになったのか?
人は二本足で歩くようになって手が使えるようになり、脳が発達してきた。「人はやる気になって二本足で歩いた」という教育哲学者である大田堯先生の説は納得させられる。 歩くこと、手を使うことで脳循環がよくなり、脳が活性化し、結果として人間の脳は進化してきたと言えるかもしれない。歩くことが、未知との遭遇、出逢い、新しい文化との交流、学問との交流などから知的好奇心が生まれ、脳の情報代謝はますます活発になってきた。21世紀に入って、AI(人工知能)やIOT(モノのインターネット)など情報が国境を越えている。人・物・金もグローバルに動いている。 人は加齢や病気で動けなくなると、四肢の関節痛や腰痛などが加わり、筋肉が衰えて歩きにくくなり、そして次第に歩くこともできなくなる。歩かなくなることは、脳の情報代謝と脳の働きを低下させ、認知症につながる。認知症の原因の一つに脳梗塞や脳出血・くも膜下出血など、脳の神経細胞や神経回路に障害を与えて、認知症にいたる血管性認知症がある。全認知症の中で、血管性認知症は20%程度といわれている。60%はアルツハイマー型認知症であり、現在、日本では500万人の認知症患者がいると推定されている。原因は、脳内にアミロイドベーター細胞が沈着して、脳の機能を低下させる。歩くことは、脳を活性化して、認知症の予防効果がある。歩くことによって外部の刺激をうける。人と人の出逢いと交流が脳を活性化させる。糖尿病の人は脳内にアミロイドベーター細胞がたまりやすくアルツハイマー型認知症になりやすいと言われる。歩くことによって、糖尿病の予防にもなる。それを防ぐには食べ過ぎないこと、運動することが大切である。ご飯や、うどん、饅頭、甘いものなど炭水化物を減量して、歩くこと(運動をする)を継続することによって認知症を予防できるとの研究もある。 病院・福祉施設だけでなく認知症や認知症の前段階の人も地域社会の一員として、家族は勿論、地域住民が共に助け合って、日常生活を営むことが、地域包括ケアシステムと言っても過言ではない。

参考文献:
長尾和宏著「認知症は歩くだけで良くなる」梁と渓谷社

大田堯先生の百歳の遺言

2018年4月2日発刊 | NO.533

  「私のいのち」1942年ヒロシマ部隊の入隊。南方最前線へ送られた。被爆を辛くも免れるものの米国潜水艦により、乗船が撃沈され36時間南海を漂う。

願わくは、この世界の、核を含むあらゆる武器を棄却、ひたすら人民(ピープル)自治による平和な社会を望みます。

大田堯「百歳の遺言」藤原書店


 御著書とこの一文「大田堯生生の最期の言葉」が送られてきた。生命(いのち)の視点から教育を考えてきた大田堯さんと40年の生きものの歴史から、生命、人間、自然の大切さを学びとってきた中村桂子さん、教育が「上から下へ教えさとす」ことから「自発的な学びを助ける」へ「ひとづくり」ではなく「ひとなる」を目指すことに希望を託す。(著書の帯に記されていた文章)これは、大田堯先生の、ドキュメンタリー映画「かすかな光へ」にも一貫して流れる。  ひとり1人のユニークな持ち味を、育てる環境整備の必要性を「ひとなる」に表現されていると思う。現在、経済優先から人財育成が企業にとって好ましいこととされている。企業経営においても「人を物」として見るのではなく、ひとを「ひとなる」として自ら、満ちくる思いを具体的に実現できるように教育(共育)の環境整備をすることが、学校で求められる課題であると同時に、生涯学習の場である企業経営(病院も含む)にとっても革新的なかすかな光への道筋ではないかと思う。  大田堯先生の思索と行動の軌跡を追った映画「かすかな光へ」(森康行)の上映を岡山旭東病院パッチ・アダムスホールで随時開催の予定である。

参考(百歳の遺言 の著者紹介記事より引用)
①大田堯(おおた・たかし):
1918広島県生まれ、教育研究者(教育史・教育哲学)、東京大学名誉教授・都留文科大学名誉教授、日本子どもを守る会名誉会長、北京大学客座教授
②中村桂子:
1936年東京生まれ。JT生命誌研究館長・理学博士。ゲノムを基本に生きもの歴史と関係を読み解く新しい知「生命誌」を創出、その構想を1993年、JT生命誌 研究館として実現。

ゴルフと認知症予防

2018年3月26日発刊 | NO.532

 認知症の治療法は、世界中で研究が進められているが、有効な治療薬はまだ先のようである。アルツハイマー病では、発症の20~30年前から脳にアミロイドベーターが異常に蓄積して「老人斑」という染みができる。このアミロイドベーターはPETで画像として見ることができる。また、国立長寿医療研究センター(愛知県)や島津製作所のチームで開発した方法では、わずか0.5mlの血液に含まれる「アミロイドベーター」が検出できると報告された。現状では診断はできても、確実な治療法はまだない。
 しかし、最近の研究では、日常生活の過ごし方によって認知症を予防できるというデータが、国立長寿医療研究センターから報告されている。運動習慣のない65歳以上の男女106名をゴルフ教室と健康教室に分けて研究をおこなった結果、ゴルフ教室で週一回のペースでプレーし、半年間後、認知機能検査を実施して比較したところ、ゴルフ教室の参加者において、単語記憶能力が6.8%、物語を聞いて筋書きを書き思いだす「理論的記憶能力」が11.2%向上した。即ち、アルツハイマー病の予防には、①適度な運動 ②頭を使う活動 ③人との交流が有効であると言える。「ゴルフは認知症予防の条件にぴったりとあてはまる」と同センター予防老年学研究部長で、主任研究者の島田裕之が指摘している。ゴルフの愛好家にとっては嬉しい結果である。 ゴルフに限らず、テニス・野球・ジョギング・山登りなど仲間と交流し、適度な運動をすることが、健康長寿に貢献することは間違いなさそうである。

参考: 島田 裕之(しまだ・ひろゆき)
国立長寿医療研究センター 部長。平成15年北里大学大学院博士課程を修了(リハビリテーション医学)。東京都老人総合研究所研究員、Prince of Wales Medical Research Institute(Sydney, Australia)客員研究員、日本学術振興会特別研究員、東京都健康長寿医療センター研究所を経て、現在は国立長寿医療研究センターに所属。

30年後の医療サービス

2018年3月19日発刊 | NO.531

 少子高齢化問題は、出生率が向上しない限り解決困難な問題である。30年後には人口が1億人を切ることは推測されており、画期的イノベーションによってGDPが向上しなければ、財政的破綻から、国民皆保険・介護保険制度は破綻をきたし、民間保険が医療サービスの大きな役割を担っていくようになる。 急性期病院の平均在院日数は5日となり、病院自体のICU化、手術は外来に移行して急性期病院は半減することも考えうる。IOTの導入が進み(ロボット技術、遠隔医療、AIの一般化など)画期的治療や診断法(癌や認知症、難病の治療)が開発される。医療サービスが国境を越え、特に海外の富裕層への高度先進医療が提供されるようになる。 病院は「癒しの環境」などのアートや自然との融合が治癒力を高めることが常識になる。予防医学が重視され、健康寿命に向けて、国民意識の啓発がなされ、糖尿病・メタボリックシンドロームなどの病状の進行を防ぐ仕組みができあがる。保険制度も、「いつでも、どこでも、だれでも」が厳しくなっていくのではないかと杞憂している。疾病中心の医療から「心に寄り添った」人間中心の医療が細分化と統合化を互いに補完しながら進化していって欲しいと願っている。 私自身は、世界に冠たる国民皆保険制度そして介護保険制度の維持発展を願っている。

日中友好の交流に思う

2018年3月12日発刊 | NO.530

 いま、多くの国から日本を訪れる観光客が増え、2017年度、中国からも500万人が訪れている。その中には、病気や、健診を希望される人もあるのではないかと思う。中国と日本は、奈良時代に遡ると、遣隋使・遣唐使などを通じて多くの文化や宗教がもたらされ、政治体制(律令国家)など大きな影響があった。その文化は今も日本に残っている。岡山市日中友好協会を介して、多くの人の往来がある。岡山旭東病院もジャパン インターナショナル ホスピタル「JIH」の認証をうけて中国を含む海外からの健診や患者さんにも対応していきたいと準備をしているところである。 大田堯先生(元東京大学教育学部教授・都留文科大学学長を歴任)は生命の特徴を「ちがう、かかわる、かわる」であるとおっしゃっている。国や民族はちがう、当たり前のことである。しかし、人が1人では生きていけないように、国や民族も他との関わりなく過ごすことは不可能である。また、蝶は卵から青虫になって、蛹になって、蝶に変身していく。変わることが生命体の特徴である。同じように国や民族も常に変化していく。国も色々な文化や政治体制を変化させながら変わっていく。その中で、中国とも「共に関わり合いの知恵」を学び共に育ち合って友好を進めていきたいものである。医療を通じての交流も関わり合いの知恵の一つではないかと思う。

人生100年時代

2018年3月5日発刊 | NO.529

 厚生労働省は2017年9月15日の発表で、100歳以上の高齢者が6万7,824人と毎年増加していると報告している。私たちは、多くの高齢者が元気に生活できる社会を理想として社会を築いてきた。そのような社会にしていくために、戦後、新憲法の民主主義のもと、農業から商工業立国を目指し、経済の発展によって、高速道路の整備、新幹線、空港などの交通網の整備、水道・電気・ガスなど社会インフラの整備、社会福祉制度として国民年金制度、国民皆保険制度、介護保険制度、教育制度の充実などによって、私たちの衣食住が満たされ、各種インフラが整備され、快適な生活が出来るようになっている。
勿論、多くの社会問題が山積していることは周知のことである。しかし、世界中で76億人がこの地球上に生活していても、1日1ドル以下の生活をしている人が12億人以上もいるという。そう考えると、私たちはなんと恵まれた生活をさせて頂いているか、『有り難い』ことである。
長寿社会になっても、障害を持ったり、認知症になったりすることも大きな問題である。しかし、健康を維持する方法も研究されて、健康長寿の時代が近づいている。健康長寿に魔法の方法はないが、健診をして早め早めに、己の健康を自ら守り、適度な運動を継続することなども健康長寿につながる。人間は1人では生きてはいけない。友人をつくり、出来れば仕事を続け、家族関係を大切に、多くの事柄に好奇心を持ってチャレンジしていきたいものである。私たちひとり1人が脳の情報代謝を活発にし、脳の健康と体の健康に留意して健康な長寿社会にしていきたいものである。もちろん、世界が戦争のない平和であることが前提であるが。

文化は国境を越える

2018年2月26日発刊 | NO.528

認定NPO法人 岡山市日中友好協会総会において2018年2月10日、中国の学者、毛丹青教授①の講演「越境する日本文化と中国の若者たち」を聞く機会があった。毛先生は、25歳(1987年)の若い時代に、文化大革命の時代を中国で過ごした後、日本の三重大学に留学。一時、日本の商社にも勤務、日本の文化に関心をもって、日本の文化を中国の若者に知らせたいと「知日」という月刊誌を発行された。雑誌はベストセラーになっている。尖閣列島や靖国などの問題で中国と日本の間で政治問題が紛糾する中でも、中国の若者は、日本の文化に関心をもっていたと毛先生は話された。日本には、遣隋使・遣唐使の時代から多くの中国文化が渡ってきて、今の中国にはなくなっている文化が残っているものもあり、中国の古き良き時代が、息づいているという。

禅・茶・お寺・おもてなし・盆栽・漫画などの文化は国境を越え、日本への関心が高まり、500万人もの多くの中国の若者が、観光客として日本を訪れている。それに引替え、日本人は内向きになっていて、外国(中国を含めて)への関心が少なくなっているように感じる。戦後日本人は、アメリカに憧れて、多くの留学生が海を渡った。そして、アメリカから多くを学び、驚異的な高度成長を成し遂げて、1979年には[Japan as number One]と言われるようになった。今、中国の若者は、アメリカ・日本・ヨーロッパと世界中に向かっている。そして中国は、確実に世界に影響を与える国に成長している。私は文化の交流を互いに進めていくことによって政治の問題も少しずつ解決されていくのではないかと期待している。交通手段の発達・ITなどの情報手段の発達など人の往来がますます頻繁になっていく中で、文化交流が、人と人との絆を強固にしていくのではないかと思う。各国は軍拡競争でなく、文化交流の競争をしていきたいものである。


参考 ①毛丹青(神戸市外国語大学客員教員プロフィールより)
毛 丹青(まお たんせい)職位:客員教授、所属学科・グループ:中国学科、専門分野:中国語、中国文学、日本文化論、講義科目:「中国語講読」、経歴:1985 年 北京大学 東方言語学部 卒業、1987年 三重大学留学、1989年 白光水産に就職、1993年 神栄株式会社に転職、1998年 著述業に転身2009 年 神戸国際大学教授に就任。


②「ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)
社会学者エズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書。 戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し、日本的経営を高く評価している。日本語版は、広中和歌子・木本彰子の訳により『ジャパン アズ ナンバーワン: アメリカへの教訓』として、TBSブリタニカから英語版より1ヶ月遅れで出版された。日本人が日本特有の経済・社会制度を再評価するきっかけのひとつとなり、70万部を超えるベストセラーとなるなど、一世を風靡した。

診療受付時間

  • 午前 8:30~12:00
  • 午後 14:30~16:00
  • ※休診日 木・土午後 / 日・祝

面会時間

  • 一般病棟
  • 8:00~20:00

  • 集中治療室
  • 12:15~13:15

    18:00~20:00

page top