(2017年11月13日発刊)NO.515
 
「ときめき」


 「ときめき」とは期待や喜びで胸躍る状態である。先日(平成29年11月9日)、帯津三敬病院の名誉院長(帯津良一先生)による講演会が、黒住教婦人会70周年記念として、岡山ANAクラウンプラザホテルで行われた。
人は、行動する、人と出会う、美味しい物を食べる、お酒を飲む、本を読む、映画をみる、買い物をする、音楽を聞く、演劇を鑑賞する、素晴しい絵を観るなど、そのときの期待や喜びで胸躍らすことが、心を何時までも若く、元気にさせてくれる。
 帯津先生の講演から、心のあり方を学ばせて頂いた。「ドクター帯津の健康暦365+1」の1月27日に、体はいつか病むけれど、こころはいつまでも元気でいられる。(講演会のパンフレットより引用)。人は年を重ねて肉体的には、衰えていく、また、病にも冒される。
しかし、体で表現できなくなっても、心の感性は高まっていく。坂村真民の詩にも「病がまた一つの世界を ひらいてくれた 桃咲く」がある。そのとき、「ときめき」がうまれるのではないか。「ときめき」が伝わってくる詩がある。良寛の弟子である貞心尼が良寛禅師に宛てた和歌である。
はじめてあい見奉りて きみにかく あい見ることのうれしさも まださめやらぬ夢かとぞ思う。(蓮の露)
 私たちは、常に「ときめいて」生き、心を養って免疫力を高めていこう。帯津先生の講演から、精神と肉体両面からの心身健康法の大切さを学んだ。

参考文献
@「ドクター帯津の健康暦365+1」一日一言 帯津良一著 海竜社
A「いさぎよく死ぬ生き方」帯津良一著 徳間書店
B「ホリスティック医学」帯津良一著 源草社
C「念ずれば花ひらく」 坂村真民 サンマーク出版

(2017年11月06日発刊)NO.514
 
「教育はアート」


 大田堯先生の白寿の会が、平成29年11月5日(土)埼玉大学見沼フィールド・スタディーズ特別公開講座の形で開催された。「大田堯自選集成 補巻」刊行記念として「ちがう・かかわる・かわる−地域の中で教育を問う−」をテーマに開催された。

 大田堯先生のドキュメンタリー映画「かすかな光へ」上映後、このドキュメンタリー映画の監督 森康行氏から挨拶がありました。教育は教え育てるのでなく、教え育て援助すること。映画に出てくる「川口太陽の家」はできないことをできる人が補う。森監督は撮影の課程で大田先生から多くのことを学ぶことができたと話された。映画に登場した方々のトークも感銘をうけた。午後の部では、山根基世さんのトークと「ごんぎつね」の朗読を聞くことができた。山根さんの話しの中で、子供が、となりの人と話し合うことの大切さを話された。言葉を知ることは人間を知ることにつながっていると。大田堯先生のいう生命のきずなの大切な要素であると感じた。最後に、大田堯先生の挨拶があった。生命の特徴は、ちがう・かかわる・かわるであり、違うことが基本的人権であり、言い換えれば、人はみな自己中心的である。しかし、人は1人では生きていけない、互いに依存して生きている、そのかかわりあいの知恵を学び、人は変わっていく。脳は情報代謝をおこなって、学習が成立する。

 最後に先生は「教育はアートである」と締めくくられました。 欧米語のアートは、本来は創造、創作を意味し、日本語訳の芸術より広い意味をもつものとして、教育をアートと表現されている。大田堯先生は、大田堯自選集成1の総序―未来に託しての文中に、教育はアートであり、それは生命と生命の響き合いの課程のなかでユニークな実を結ぶもの、教育ならぬ共育の成果ではと思うようになりましたと書いておられます。お話の中で、アートとしての教育は感性の響き合いとも言われました。大田先生は「こらーる岡山」の精神科山本昌知医師の『統合失調症の人達との関わり合い』はまさにアートであると。99歳の大田堯先生の夢が次代に引き継がれるように私たちも問われていると思います。私もアーティストとしての病院経営者になりたいと思う。


参考文献

 「大田堯自選集成」(全4巻・別巻)総序−未来に託して(第1巻より)藤原書店
生命から教育を考える−「集成」全巻のキーワード(第4巻より) 藤原書店
「ひとなる」ちがう・かかわる・かわる 大田堯・山本昌知 共著 藤原書店

(2017年10月30日発刊)NO.513
 
「絆(きずな)」


 人間にとって、「絆」は、いきる、くらしを守る、人間らしく生きるために必要です。生命の特徴のなかで、「絆」が無ければ生きていけないと言っても過言ではありません。親子のきずな、夫婦のきずな、親戚とのきずな、友人とのきずな、同僚とのきずな、同郷のきずな、同級生とのきずな、同業者とのきずな。あらゆることが、何かのきずなで結ばれています。人間同士の「絆」もありますが、太陽や月、川、海、山、空気など私たちを取り巻く自然とのきずな、動物とのきずなもあります。ペットも大切なきずなです。
先日フィリピンの貧民街を舞台にした、長谷井宏紀監督による「ブランカとギター弾き」の上映会にいってきました。主人公である少女ブランカ(11歳)が流れ者の路上ギター弾きの盲人ピーターとの出会い、映画を通じて彼と一緒に旅をし、成長していきます。私たちは、金があれば多くの物を手に入れることができます。しかし、手に入れることができないもの、それは愛情であり、「きずな」だと思います。この映画は生命と生命の絆、即ち真のライフラインを気づかせてくれる素晴しい映画です。 私たちは、身近なところから、全ての絆を大切にしていきたいものです。


参考文献
映画「ブランカとギター弾き」監督 長谷井宏紀
(2017年10月23日発刊)NO.512
 
「医療と福祉」


 医療はこれまで、病に冒された人に原因を明らかにして、診断・治療をし、元の元気な姿にすることが求められてきました。医師・薬剤師・看護師が担い手の中心であった時代から、放射線技師・臨床検査技師・臨床工学技士・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・臨床心理士・栄養士・調理師・ケースワーカーなどの診療技術部門のスタッフ、財務・情報・秘書・学術・広報・施設管理などの事務職、更にマネージメントの能力を備えた職種を超えた管理職人材、清掃などのアウトソーシングなど多岐にわたっています。
慌ただしく変わる社会システムによって、人と人の関わりが希薄になり、超高齢化社会の中で、脳の老化に伴う「認知症」が大きな社会問題となっています。同時に、高齢者に於いては、病気が完治するのではなく、長期にわたる医療や福祉の手が必要な人が激増してきました。医療と福祉の垣根がなくなり、人間の一生という観点から、連携して対応していくことが求められています。医療と福祉の橋渡しは、医療機関や福祉施設の役割としては依然大きいですが、身体機能や脳の機能の衰えた人に対して、経済の担い手である中小企業・大企業は勿論、地域住民のサポート、地域行政の支援などの「きずな」が今ほど求められる時代はなかったと思います。災害時に重要な、水道・ガス・電気・通信などのパイプラインも大切ですが、心と心の「生命のきずな」による真のライフラインの敷設が求められていると思います。厚生労働省の進めている「地域包括ケアシステム」が、各地域でそれぞれの置かれた環境の中で花開くことを願っています。私もささやかであっても力になりたいと思うこの頃です。
平成29年10月22日(日)に、岡山市中区の医療機関や福祉施設、地域の企業・行政の協業によって、岡山ふれあいセンターで開催された第2回なかまちーずフェスティバルには、台風の最中にもかかわらず多くの人が集まりました。学び遊ぶ姿に、新たな街づくりの芽生えを感じさせてくれました。

参考文献
「2025年へのロードマップ」武藤正樹著  医学通信社
(2017年10月16日発刊)NO.511

「我が家の家族〜愛犬はな〜」

 我が家には、茶色い毛をした犬のプードルがいる。犬の名前は、“はな”である。“はな”の名前は、道化師が鼻につける『赤い鼻』から拝借した名前である。私はこの名前をとても気に入っている。可愛い子犬の頃に我が家に来てもう7年になる。人間に換算すると7倍と考えると既に49歳である。 
 “はな”は、私が家に帰ってくると真っ先に飛んでくる。それだけで心がやすらぐ。子供の頃から、シェパード、日本犬、ダックスフンドなどいろいろな犬を飼ってきたが、何時の時代も心を慰めてくれたことに変わりはない。
 “はな“は小型犬なので、家の中で飼っているため、家人が帰ってくると真っ先にとんで出てくる。知らない人が来ると、吠えて、知らせてくれる。しかし、先日オーストラリアから訪ねてきてくれた旧知の夫婦には、不思議なくらい、触っても全然吠えなかった。聞くと夫婦は、犬が大好きで、家でも飼っているとのことだった。国が違っても、犬にはその人を見る目や、鼻や心があるのだと気づかされた。ペットは多くの家庭で飼われているが、ペットと人間との「生命のきずな」が薄れて行く中で、ペットとの生命(いのち)のきずな、そしてペットを通じての家族の絆の大切さを思うこの頃である。
 すべての人を笑顔に変える、犬と人間のラブストーリー映画「僕のワンダフル・ライフ」が上映されていて鑑賞してきた。最愛の飼い主に会うために、50年で3回も生まれ変わったペイリー。人と人間と何処が違うのだろうか、皆、同じなのだ。そんな思いを抱かされるラブストーリーであった。

参考
 映画「僕のワンダフル・ライフ」 監督 ラッセ・ハルストレム 原題 A Dog’s Purpose
作成年 2017年 制作 アメリカ 配給 東宝東和

   (2017年10月09日発刊)NO.510

「慈愛の人、良寛 ― その生涯と書」

 日曜日(平成29年10月8日)に岡山県立美術館で開催されている「慈愛の人」良寛の書を観に行ってきた。良寛コレクター秘蔵の作品を中心として150点を観ることができる。良寛(1758〜1831)は、詩歌・書に優れた托鉢僧で、越後(新潟県)出雲崎生まれ、同地を訪れた備中(岡山県)玉島円通寺の国仙和尚に従って、同寺に入り、10年余りの修業ののちに諸国を行脚して帰郷する。生涯寺を持たず、名利にとらわれぬ生活を送り、清貧のなかで、すべてのいけるものへの愛を失わず、子供と手毬をつき、おはじきに興じ、近隣の友や親族との交流を深め、和歌や漢詩を詠み、良寛の独特の軽妙な書を多く残している。展示されている書画から、清貧に生きた良寛の日常を感じることができる。
 良寛の一生は、権力を持つこともなく、商売をしてお金を儲けるでなく、宗教教団での栄達も求めず、寺の僧侶にもならず、托鉢僧としてひたすら禅の修行僧として、生命を燃やして、生涯を終えている。
 人生の成功は、政治や経済界で権力を握る、学者として名をあげるなどの価値観があるが、良寛の清貧の生き方は、生命の絆が薄れて行く時代、人間の幸せとは何か、心とは何か、平和とは何か、良寛の生き方から学ぶべきものは大きい。

この里に手毬つきつつ子どもらと 遊ぶ春日は暮れずともよし

うずみ火にさしくべて臥せれども こよいの寒さ腹にとほりぬ

欲無かければ一切足り      無欲一切足
求むる有りて万事窮す      有求万事窮

むらぎもの心楽しも春の日に 鳥のむらがり遊ぶを見れば-

形見とて何残すらむ春は花 夏ほととぎす秋は紅葉ば

参考文献
@「良寛に生きて死す」 中野孝次著 考古堂書店
A「慈愛の人良寛 ― その生涯と書」展覧会 パンフレット 岡山県立美術館

  (2017年10月02日発刊)NO.509

「地域包括ケアシステム〜生命のきずな〜」

 団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住みなれた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けられることができるように、医療・介護・住まい・生活支援・予防などが一体的に提供される地域包括ケアシステム構築の実現を国は推進している。少子高齢化社会を迎え、私たちは、自分たちの家族だけで高齢者のお世話ができる時代ではなくなっている。中学校区内の住民は、医療や介護が必要となれば、地域の病院や診療所・訪問看護ステーション・福祉施設・老人ホーム・サービス付き高齢者住宅などとの連携が必要になる。このシステムが機能的に円滑にまわっていくためには、「生命(いのち)のきずな」の構築が最も大切であると思う。災害がおこると、水道・電線・ガス管・電話線などが破壊され、『ライフラインの復旧を早く』などと報道されるが、それは『パイプライン』であると思う。もちろん、それも重要で大切であるが、本当のライフラインは、「生命のきずな」の回復だと思う。
地域包括ケアシステムが円滑に運用されるには、医師・看護師・薬剤師・介護士・ケアマネジャー・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・栄養士・ケースワーカー・保健師・行政・家族・地域住民・ボランティアなど全ての人が「生命のきずな」で結ばれる事が必要ではないかと思う。
大田堯先生はいのちの特徴を、ちがう、かかわる、かわる、の三つに集約されている。ヒトもそれぞれに「ちがう」、違うけれども、「かかわって」いかなければ、生きてはいけない。その関わり合いの知恵を学んで「かわる」と言われている。それが「生命のきずな」であると思う。

参考文献:
「生命のきずな」大田堯著 偕成社

  (2017年9月25日発刊)NO.508

「戦争の回避はできるのか」

人類の歴史は戦争の歴史と言っても過言ではない。日本も1939年(昭和12年)、中国の盧溝橋で、中国と日本間で戦争状態に突入し、アメリカへの真珠湾攻撃(1941年)から、更に世界を相手に無謀な戦争に突入していった。そして、1940年8月に終戦の日を迎えた。しかし、今も、世界中で、宗教対立、部族・民族間対立など戦争の種は尽きない。今、北朝鮮は、核兵器の開発、水爆実験、ICBMを開発するためにロケットの発射実験を繰り返し、戦争前夜との不安が広がっている。アメリカとの過激な発言のやり取りを聞くと、人間の英知とは何かと考えざるを得ない。世界の指導者は、自国のことだけでなく、人類の未来を考えて、行動をしていただきたい。戦争が起こると、今までと違う水爆、原爆を実戦に使うとなると、人類の破滅、自然環境破壊がすすむ。阻止するには、ひとり一人が考えて身の廻りから、平和を作っていくことがなによりも大切なのではなかろうか。

 (2017年9月11日発刊)NO.507

「長生きできる時代」

 日本は、男女ともに平均寿命が80歳をこえ、世界一と評価されている。しかし、健康長寿であればいいが、脳卒中、難病、骨折など、脳・神経・運動器疾患になって、動けない、食べられない状態で過ごす期間が10年近く続く人もいる。また、脳の老化に伴って認知機能の低下もおこる。人類が求めてきた長寿社会は、経済の発展、公衆衛生や医療の発展に負うことが多い。医学の進歩は、留まることなく、癌の治療、認知症の治療、老化防止など、人生100年時代も夢でないように思える。すでに、100歳以上の人が6万人を超えたという。医療はすでに、iPS細胞の発見から、臨床応用に踏み出し、多くの恩恵を人類にもたらすと同時に、従来、神の領域にあったものが、人類が自らコントロールする時代になったといえる。
 AI(人工知能)の発展も、人間の生活を一変するのではないかと、アナログ人間にとっては、恐ろしい時代に突入している。このような時代だからこそ、「心」とは何かを考えるべきではないだろうか。人類が地上に現れて「心」の平安や、幸福とは何かを求めてきたのが、平和や幸福の最大の罪悪である「戦争」を人間は、問題の解決手段として行使してきた。長生きできる時代を、人間の心の平安を実現するために、私たちは一人一人が考え、暴力ではなく、人間としての理性で当たり前のこととして行動していきたいものである。

(2017年9月4日発刊)NO.506

「たのしみは」

 人は幸せでありたい、そう願って生きている。幸せは、そうやすやすと訪れてこない。でも、楽しかったという思いは誰でも経験することである。人生には、つらいこと、苦しいこと、悲しいこと、面白くないことがきっとあると思うが、日常の些細なことも楽しみだと思うことができれば、それが幸せの源であるように思われる。
 先日、岡山県立図書館を訪れ、橘曙覧(たちばなあけみ)の「独楽吟」の歌に出会わせていただいた。 
 江戸の末期、福井県で生まれた歌人。歌人として無名に近い。「歌よみて 遊ぶ外なし 吾はただ 天にありとも 地にありとも」と歌っている。もともとは大商家の後継者であったが、その仕事が自分に合っていないと自らその地位を捨て、甘んじて清貧を友とし、名を求めず、ひたすら歌だけを歌い、悠々自適な人生を過ごした人であると、岬龍一郎氏の著書に紹介されていた。いくつか「独楽吟」から私が感銘した歌を紹介する。

たのしみは 紙をひろげて とる筆の 思ひの外に 能くかけし時
たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭ならべて 物をくふ時
たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無(なか)りし花の 咲ける見る時
たのしみは 意(こころ)にかなふ 山水の あたりしづかに 見てありくとき
たのしみは 常に見なれぬ 鳥の来て 軒遠からぬ 樹に鳴(なき)しとき
たのしみは 心をおかぬ 友どちと 笑ひかたりて  腹をよるとき
たのしみは 家内五人(いつたり) 五たりが 風だにひかで ありあへる時
たのしみは 三人の兒ども すくすくと 大きくなれる 姿みる時
たのしみは 庭にうゑたる 春秋の 花のさかりに あへる時々 
たのしみは つねに好める 焼豆腐 うまく煮たてて 食せる時

正岡子規が明治32年「日本新聞」の中で、曙覧の歌を賞讃している。
平成6年6月、天皇・皇后両陛下が初めてアメリカを訪問されたとき、クリントン大統領が歓迎のスピーチに曙覧の歌を読んだことから、有名になったという。
「たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時」
些細な事に楽しみを見つける。それには「足るを知る」を平素から心がけることが、楽しみを見出し、幸せへの近道かなと思う

参考文献:
「清貧」という生き方 岬 龍一郎著  PHP研究所 (2011/9/21)

 (2017年8月28日発刊)NO.505

「癒しとは何か」

 定義は難しいですが、「病気が癒された」など、医療で使われることが多い。人間は、生老病死を避けては通れない。その、どこのステージでも私たちは癒されることを願っている。
元気に過ごしているときには、良い匂いを嗅いだときや心地よい音楽を聴いたとき、いい絵を見たとき、素晴しい自然環境に遭遇したり、綺麗な草花や生け花に感動したり、美味しい料理を堪能したり、快い風に触れたときなど五感に快いと感じたときに「癒された」と感じる。また、犬や猫などペットを飼って、犬や猫に癒される人もいる。人間は1人では生きていけない生物であり、他との関わり合いよって癒されることも多い。人に親切にしてもらって、心が癒される。赤ちゃんの笑顔に癒される。笑いや笑顔は「癒し」の源でもある。互いに心開いて、互いを認め合って、相手の身になって対応することも互いの癒しになると思う。
老いて、体が不自由になれば、優しく対応してくれる人に出会うと癒される。認知症になれば、全人的な対応をしてくれる人に癒される。病に倒れれば、出会う医師や看護師さん、コメディカルスタッフ、事務職の人達の対応で癒される。死を間近にして、肉体的な痛みや精神的な痛みに対して、緩和ケアやスピリチュアルな癒しも必要であると思う。このように「癒し」は、ひとり1人によって、その状況によって変わってくる。癒しは他から頂くものもあるが、自ら求めていくものでもあると思う。
健康であるために、早寝早起き、三度の食事、笑顔ですぐやる、怒らない。早朝の散歩、ゴルフやテニスなどのスポーツをする。ありがとうと感謝の毎日を送る。食事も腹八分、栄養のバランスを考えた食事をする。人との交流を続ける、仕事もできるだけ続ける。趣味を活かして、読書・園芸・書道・俳句・切り絵・貼り絵・絵画・庭園・農業など、創造的なことをする。また、人のためにボランティア活動をする。与えることは自分の癒しにつながる。
「癒し」は、それぞれの立場、そのときの状況によって随分と変わるが、ひとり1人の「心」の持ちようも大切である。「足るを知る」が癒される心構えかなとも思う。

(2017年8月21日発刊)NO.504

「視点を変える」

  私たちは毎日を何気なく過ごしていると、社会の変化に対応しきれなくなり、気付いた時には社会から取り残されている。「山奥の小さな旅館が連日、外国人客で満室になる理由」という、湯平温泉の「山城屋」代表の二宮謙児氏の著書を拝読した。小さな旅館は、後継者難、大規模旅館やホテルにお客さんを取られて不況業種に数えられている。特に、中小零細旅館は、経営が大変である。山城温泉は、大分県湯布市湯布町の「湯平温泉」にある。湯平温泉は、大正から昭和の初期には別府に次ぐ温泉地として栄えた。ところが、昭和50年代以降、近隣の「湯布院温泉」のめざましい台頭と逆行するように、ここ40年間ですっかり客足が遠のき衰退してしまったという。時代の変遷につれて変化する客層の新しいニーズに応えられなかったことが大きな要因であるという。

 著者は「40年間何も変わらなかったことが、私にとってむしろかけがえのない財産に思えるのです。周回遅れのトップランナーのように見える」、「インバウンド(訪日外国人旅行)という新しい潮流を迎えた今、再びトップに躍り出る可能性を秘めているのではと、密かな期待をしているところです」と書かれている。

 外国人をターゲットに、日本の原風景とも言える温泉旅館をネット配信して広報し、世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」は、日本の旅館部2017で全国第3位。「安心感」こそ、最大の「おもてなし」と家族経営のきめ細かいおもてなしで外国人旅行者をターゲットに集客に成功している。しかも職員に対して、ワーク・ライフ・バランスを導入し、完全週休2日制、盆暮れ休みで稼働率100%は素晴しい。人材確保は全ての業種に言えることである。

 岡山旭東病院も視点を変えて、ワーク・ライフ・バランスを進化させて、「脳神経運動器疾患の総合的専門病院」として職員と共に、大病院とひと味違った「安心感」や「癒やしの環境」を提供していきたい。

参考文献 :
二宮謙児著「連日外国人客で満室になる理由」あさ出版

(2017年8月14日発刊)NO.503

「私とゴルフ」


 私がゴルフを始めたのは、岡山大学脳神経外科教室に入局して、専門医試験に合格した年(34歳)に、先輩が「そろそろゴルフをしてもいいだろう」と、お祝いにゴルフに連れて行ってもらったのが最初である。その後、今日まで職場での仲間とのコンペ、同窓会でのコンペ、友人とのコンペなど多くのプレーを楽しんだ。しかし、未だ一度も100を切ったことがない。理由は、ゴルフをするのは遊びであり、友好を深めるためにプレーしていたからである。練習もせずでは上達するはずもなかった。かれこれ40年のゴルフ歴であるが、最近このままでは駄目と決心し、昨年(2016年)の11月から朝は5:30に起床して、車で20分の距離にある練習場に通うようになった。古いゴルフの指導書ベン・ホーガンの「モダン・ゴルフ」や中部銀次郎著「ゴルフの大事」を読んで、ゴルフとは何かを少しは知ることができた。また、たまに行く(年に7回)ゴルフで、シングル級のNさんや、私の友人Kさんのアドバイスを思い出して、毎日20分程度の練習を重ねている。少しずつ真っ直ぐ飛ぶようになってきた。ドライバーは真っ直ぐ飛んで飛距離は150〜180ヤードであるが、ピッチングとパターが真っ直ぐいけば、100は切れると思い、精進しようと思っている。私のゴルフは健康のためであり、人生修行のためである。人生何事もコツコツと精魂込めてやり続けることが成功への道だと考えて努力していきたい。100を切ることができたら、「院長のひとりごと」に再度、発表したいと思っている。

参考文献:
@ ベン・ホーガン著 水谷 準訳「モダン・ゴルフ」ベースボール・マガジン社
A 中部 銀次郎・三好 徹著 「ゴルフの大事」ゴルフダイジェスト社

(2017年8月7日発刊)NO.502

「面倒だから、しよう」


 この言葉は、2016年12月30日に逝去された渡辺和子先生の御著書「面倒だから、しよう」の題名です。本文から少し引用させていただきます。
「大学で、「道徳教育の研究」を担当していた時のことでした。学期末のテストの監督をしていた私は、一人の四年生が席を立ち上がってからまた何かを思い直して座る姿に気付きました。90分テストでしたが、60分経ったら書き終えた人は退席してよいことになっていたのです。座り直したこの学生は、やおらティッシュを取り出すと、自分の机の上の消しゴムのカスを集めてティッシュに収め、再び立ち上がって目礼をしてから教室を出て行きました。私は教壇を降り、その人の答案に書かれた名前を確かめたのを覚えています。嬉しかったのです。――――消しゴムのカスをそのままにしておくのも、片づけて席を立つのも、本人の自由です。しかし、よりよい選択ができる人を育てたい。安易に流れやすい自分と絶えず闘い、面倒でもする人、倒れてもまた起き上がって生きゆく人を育てたいのです。人には皆、苦労を厭い、面倒なことを避け、自分中心に生きようとする傾向があり、私もその例外ではありません。」と渡辺和子さんも言っています。よりよく生きるということは、したくなくてもするべきことはする。自由の行使こそは、人間の主体性の発言にほかなりません。
渡辺和子さんは、ノートルダム清心学園理事長としての役目を果たしながら、多くの卒業生のみならず、多くの縁につながる人の心に「置かれたところで咲きなさい」「面倒だから、しよう」等の目に見えない大切なものを残していかれたと思います。
岡山で開催させて頂いた、第56回日本病院学会(平成18年7月7日・8日)、第41回日本診療情報管理学会(平成28年9月17日・18日)での市民公開講座でお話しして頂いたことを懐かしく思い出している。

参考文献:
渡辺和子著 「面倒だから、しよう」 幻冬舎(2013)

(2017年7月31日発刊)NO.501
「日米の医療格差」

 私は病院の経営者として、アメリカの医療から学ぶべきことは学びたいと、多くの職員をアメリカ(USA)での研修に派遣してきた。アメリカは最高の先端医療が発展してきたと同時に反面、医療費が高く、民間医療保険が主流の国である。日本の文化には、そのままでは受け入れられないと感じてきた。講談社から出版された「日米がん格差」(日米の医療制度に精通した国際医療経済学者 アキよしかわ著)は、患者としての体験を通しての内容から日米の医療の違いを学ぶことが多い。
アキよしかわ氏は健診で大腸癌と診断され、がん研有明病院で手術を受けた後、化学療法をハワイにある、クイーンズメディカルセンターで受け、同時にキャンサーナビゲーションプログラムを受講して、「キャンサーナビゲーター」の資格をとる。その経験をもとに、日米の医療の格差を指摘されている。痛感した「学者」と「患者」との視点の違いについて著書に記載されている。文を抜粋させて頂く。「アメリカなら大腸癌の「退院日」である術後5日目−。私はどのような状態だったのでしょうか。病室内のトイレに行って帰ってくるだけでも精一杯でした。このコンディションで病院を出て、タクシーで自宅に帰るのは、「かなり怖い」というのが偽らざる本音です。家族がいない単身者ならなおさらでしょう。不測の事態が起きた場合、誰にも救いを求められず、そのまま最悪の事態に至ってしまう可能性も考えられる。つまり、欧米との比較で、3〜4倍という日本の入院日数は、国の医療費や病院経営という観点からは「療養」であり、「是正すべきバラつき」という結論になってしまうのですが、個々の患者にとっては、非常にありがたい「患者にやさしい医療」だという見方もできるのです。入院中、データには表れないもう一つの大きな気づきがありました。―それは、日本の医師や看護師のみなさんが驚くほど献身的な働きぶりです」 
アメリカの医療は、市場経済に任せた病院経営であり、日本はマーケットではなく官僚が主導して、診療報酬や薬価を決めている。日本の医療のいいところを残し、アメリカの医療制度から学ぶべき事は学んで、患者さんにいい医療サービスをしていきたい。医療従事者はもとより、一般の人にも読んで頂きたい本です。

参考文献: 「日米がん格差」 アキよしかわ著 講談社

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